カウンセリングはどうして疲れるのか

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カウンセリングはどうして疲れるのか

カウンセリングを受けるという事は「癒される」事だと思ってカウンセリングを受けると、意外にはそうではなく、精神的に過酷な状況になる事があります。

人間の記憶というのは、良いことの方が記憶に残りやすく、精神的に辛いことは忘れるようにできているようです。人は前を向いて生きていかなければならず、その為にはツラい事ばかりが記憶に残ると前に進めなくなりますよね。

しかし、カウンセリングの中では、封じ込めていた記憶を呼び覚まさなければならない事もあり、その作業が精神的にクライアントを追い詰める場合もあります。

今回は、カウンセリングを受けるとどうして疲れるのかについてお話しします。

自分第一が大事

普段、自分の思う事を包み隠さず話せている人であれば、カウンセリングを受けたいとは思わないでしょう。カウンセリングを受ける人は、気を遣う方が多く、周囲の空気を読んで周囲を第一に考え自分の意見を抑え込むから、心が澱んで疲れてしまいます。人間関係=気を遣うという図式が自分の中でできてしまっているがために、人との接触を避けようとする傾向にあります。

フラットな状態で、既に人間関係に苦手意識を持っている人がカウンセリングに行っても、やっぱり人との接触は苦手なままです。その状態で話をすると、「カウンセラーにとってはこんな話聴きたくないだろうな」とか「こんな性格の私をカウンセラーは嫌いにならないだろうか」と、カウンセラーを中心に考えてしまいます。

そんな、人見知り状態に加え、封じ込めていた記憶を呼び起こす作業で、カウンセリングが終わるとどっぷり疲れます。しかしこの「他人の気持ちを第一に考えて」きた今までの心の癖を、くるっとひっくり返して、自分の言いたいことを言う環境にする事が、カウンセリングでは重要です。

カウンセリングの副作用

愚痴を話すだけでなぜ疲れるのか・・・。カウンセリングでは、クライアントが主に話し、カウンセラーは話を聴くだけというのが一般的なスタイルです。直視したくない自分の性格や、過去にあった嫌な経験など、マイナスの感情が働く事は、普段は見て見ぬふりをしていますので、日常生活に支障がありません。しかしその開かずの箱を開けるという事は、自分自身を見つめなおすという事になります。愚痴を話している認識で、思っている事を吐き出しているうちはいいのですが、そのうち、「あの時は自分が間違っていたのではないか・・・」など再度振り返る事になり、脳みフル回転になり、精神的にも肉体的にも相当力を使います。

いわば、「カウンセリングの副作用」とも言える状態ですが、スポーツをした後の筋肉痛のように、「キツかったけど、なんだかスッキリした」という手ごたえがあったなら、そのカウンセリングは続ける価値があると言って良いでしょう。

最後に

心が疲れたらカウンセリングを、とは言っても、毎日知らんふりをしてきた心の触れられたくない部分にスポット当てなければならず、ある意味荒療治です。しかし、探れば探るほど痛い感情にこそ、心の引っ掛かりがあるかも知れず、そこを少しつつけばバーッと何かが出るかもしれません。そう考えると、やはり心が疲れたら根本治療という意味で、カウンセリングは大いに役立つ手段だと言えます。

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